二人きり

昨日の夜、おとうさんが急に「梨木に帰ってきたみたいな気がする。」と言い出した。

梨木とは新婚の頃住んでいたアパートの名前だ。

「そんなこと言ってないで、今日のうちに寝るよ。」と言ってみたが、なんでそんなこと言ったのか考えた。

あの頃30年前、21歳と20歳の二人だった。

六畳の二間続きの部屋で片方が茶の間で、片方が寝室。今暮らす社宅と同じ間取りなのだ。

結婚しても暫く子供に恵まれず、四年間二人きり。そして、それはとっても楽しかった。

地位も名誉もお金も、何にもなかった。有るのは唯、輝ける未来ばかり。

肉の入ってないカレーなんか作り、「美味しいねー」と満足していると「カレーに肉ぐらい入れてほしいの」と駄々をこねていたおとうさん。笑い話にもならないが、そんな思い出が次から次へ。

残された時間は少なくなったけれど、増えた思い出は良いもんだ。

遅くに帰って、晩酌をして、ゴロゴロしながら昔を思い出す。

もちろん間取りが同じで錯覚するという事も有るけれど、あの頃と同じ二人きりだから尚更なんだよね。